ストリード
「バンダイナムコホールディングス」
私的に「日本の娯楽産業の市場管理者」と位置づける”バンダイ”の、何となく喪失した?根幹を考えてみたりする。バンダイとは何を目指しどんな物を創る企業なのか!
2010/03/04
ふと中央造型を勝手に入れてみる。

これがバンナム。実際は「リグナス」と言う名前だが。どうもこれが一番しっくりくるような気が、する。
2010/03/06
「創作心得十ヶ条」掲載。
多分、コレを守れれば売れる創作が創れる(認めて貰える)のではないか?と思う。
2010/03/23
ついでに「ガンダム」の中央造型

いや要するに、作品「ガンダム」としての造型は、今まで無かった訳だ。
劇中のロボットとしての「ガンダム」は、本当の意味では”ガンダムじゃ無かった”訳で。
サンライズ謹製。
2010/02/24
2010/02/25 追記
森宮 照
プロデューサーシート
タイトル「バンダイナムコホールディングス」
概略 日本有数のおもちゃメーカー
コンセプト「楽しい時を創る」
ハード的テーマ「造形美」肯定否定
見て「美しい」と思える様な、そんな玩具を作る。割と主観では有るが、そうであってもその造型(或いは形、ギミック)に普遍的な美を見出すような
ソフト的テーマ「売れるおもちゃとは何か」否定肯定
ともかく売れれば良いよ、でやっているが、それで有っても安定して売れる商品、その追求は主題にしたい。
目的 会社の健全な維持運営と、そして健全な娯楽文化の発展
それは無い
目的を達成しない
ディレクターノート
表テーマ「造型尊重」肯定否定
やはり玩具として最も大事なのは”造型の良さ”で有って、物語の存在は重要では無さそうだが。積木のあのシンプルな形状と強度は機能美と言う意味で非常に大切だが、しかし内包するのは「建築物は人間の力により創られ人間の力により壊される」そういう物語を表現する為で有って。あの形状はその、家や街や城を産み出す上で最良の”簡略化”をしているから「良い」。玩具は実際は総じて”良い物語を産み出す”そういう創造性を価値の基本にしているので、そういうのを創らなければ意味もない。良い造型だからこそ良い物語も産まれるのだ。TVゲームも実際は総じて「玩具」、定義は何も変わらない。
裏テーマ「物語尊重」否定肯定
故に、商品と言うか、作品を制作する方向性としては故に、下記の様になる様だ。
1.まず「依頼」を創る。”目的”。世の中の雰囲気が悪いのでそれを良くする様なロボットを。
>別にロボットに限定する訳じゃなく、人物でも変身ヒーローでも何でも良いが。また、バンダイとしてはこの依頼、目的に金銭を要求するような奴(売れる物を!とか)は駄目らしい。末端の現場は構わないが、ガンダムに代表される様な広域性の有る商品を創ろうと思うなら、お金儲けは目的にしない方が良いようだ。
2.指定されたデザイナーは、その時”それを成し得るだろう”物をそこに描き出す。
>ここはデザイナーの主観でしかないが、依頼した人々が「良い」と思えばそれはA級。
3.それを元に検討し、大体のイメージが出たら、”プロデューサーシート”を張る(上記参照)。
>ここは古い方法論には存在しない”手間”だが、この方法論は「現実との接点が強い(故に実用性が有る、上手く言った場合は売れる)」ので、技術が上がった近年では”過剰”が容易く発生しやすい。人々を良くない方向へマインドコントロールしたり、逆に余計な怒りを買ったりする可能性があるので。そこを一応打開する為に必要な安全装置として設置。過去だとこの部分にはその為に「プロデューサーを置く」と言う事になるが。これは現場には「首に鎖を付けられ飼い犬になる」のと感覚が同じらしく、現在では許容出来ない、らしい。
4.その上で、ディレクターか、外部の「ストーリープロデューサー」が、物語を、”プロット”を創る。
>現在ではここは、外部に設置した方が良い、らしい。プロデューサーシートとプロットが出た段階で「ストリード(ストーリーシード、最小の完成形)」と成る。スタッフの全ては”この紙切れ”を再現する為に働く事になる、「この紙切れが作品の神様に成る」のだが。この過程は個人作業に成るので、”それを創った人物”が社内に居ると、どうも平等性が害され”特権”が発生し軋轢が起こる、らしい。ワンマン企業にはならない、とするならそうするのが現状の打開策で、それ故に?それを制作した人物は直接制作に関わる事は許されない。”完全に部外者”である。
※この時、この作品の”作者(最終責任者)”は誰か?と言うと、このストリードを”所有している人”だ。購入するなら所有権譲渡書を結ぶ訳だが”責任も移動してしまう”ので、現場で疑問?等が発生した場合、所有者が対処せねば成らなくなる。現場で起こる問題の何もかも対処できる!自信が無い場合は、外部に置いたままの方が良い、場合も多い。
5.そのプロットを元に全体を煮詰め、良いと成ったらフィルム(作品)を創る。
後は普通にディレクター旗下、スタッフの力量次第となる。ストリードの出来が如何に良くても美味しい饅頭と石ころの違いを描けなければ価値は出ない。映像化して「良い」面白い、効果がある、頑張った、結果が出なければ「この造型は駄作だ」と言う評価に成ってしまう。如何に本当はもっとパワーがある!としても一度リコールが発生した会社には懐疑の視線が向けられる様な物で。映像化スタッフはその辺で非常に重要ではある。
大体、この方向を基本として創るのが今は「日本の創作の基本」、だ。
作品が物語から始まっても良いのだとは個人的には思う…が、理屈上「現実との接点が発生し難い」事から、許可は微妙に出ない。ストーリーを描く人が絵を(中心造型を)自分で創れれば実用性に関してはそうでもないのだろう。ただ、すると非常に特権制が発生しやすく?民主的では無いので。どうも”かなりキツイ不許可”が出る。「市場管理者の許可範囲内で作品を創らない」と言う事は「市場に参加できない」と言う意味だ。自分には絶対の傑作!と思っても一切売れない?!とか言う事態はこの時現実に、有る。注意されたし。
2010/03/06 09:30
現状までに解っている「娯楽作品の極意」現状は十ヶ条。
全部「一」なのは、”順位は無い”と言う意味。全て等価に大事。
一.一人で創るな。
一.仕事で自分に傷を付けるな。
一.命がけになるな。
一.命がけの相手には勝つな。
一.エロは素晴らしい。
一.コレは遊びじゃない。
一.楽しかったら仕事じゃない。
一.お客に”良い”モノで有ればそれで良い。
一.問題が無ければそれで良い。
一.まず形からだ。
「お客に”良い”モノで有ればそれで良い」は、元々「お客が喜べばそれで良い」だが。客と感覚を共にした場合「客の喜びは自分の喜びである」ので。すると?お客が喜ぶ時は自分が喜び「それは駄目だ」に成り、客が喜ぶモノを創れなくなるので。その辺をちょっと修正している。
「一人で創るな」は、最初「上の言う事には逆らうな」だが。ちょっと色々問題が有るので改訂してみる。
最終的には要するに。
「自分を守るつもりで創れ」
と言う事には成る。
テーマの話。困難があり、それを良い結末へ向かわせる訳だが、結論として。
「大衆は神様です」は”全部”で。
「主人公を助ける」は”全員”だ。
この二つの組み合わせで人々のあらゆる問題が打開出来るので。
男性
表「主人公を助ける」肯定否定+裏「大衆は神様です」否定肯定
女性
表「主人公を助ける」否定肯定+裏「大衆は神様です」肯定否定
男性+女性で、対象滅して消える。問題は全て無くなる。
上の話は要約すると、「自分を守るつもりで考えれば神様が何とかしてくれる」と言う話だ。
end