ストリード
「アダルトビデオ」仮
どうもイメージとしてのアダルトビデオと実際の需要にズレが生じている様なので、その辺に統一的な基準の様な物を設けてみたりする。或いはこれが無かった(喪失していた)事が経済不況、その諸悪の根元かもしれない。
2010/05/25
森宮 照
プロデューサーシート
タイトル「アダルトビデオ」
概略 主に女性が裸になりエロティックな光景を見せる映像作品
コンセプト「気分転換」
ハード的テーマ「美女の嬌姿」肯定否定
美しい女性らによる裸体とかエロティックな行為を見せてくれる映像。視点により彼女らは美女か?と言う向きはある、普通の女性では有るが。ともかく”視覚的に美しい人々”の艶姿とかを見せる作品。
ソフト的テーマ「視聴者の心理的労苦の軽減」肯定否定
見ていると視聴者の気分が軽くなる、様な映像が好ましい。視聴者個別に対処、と言うのは正直難しいし映像で何処まで表現できるか?も疑問だが、それでも美しい女性の裸体その他には言葉では伝えられない真実が隠されているので。
目的 視聴者の疑問を解決する
それは無い 目的を達成しない
ディレクターノート
表テーマ「視聴者を助ける」否定肯定
裏テーマ「美女の裸は素晴らしい」肯定否定
ともかく全編若く美しい女性らの裸とかエロティックな行為を全面に配して、その女性らには演技では無い”本当の反応”を要求する作品。相応にシチュエーションとかを工夫したりするが、それも全て女性らの本質、真実、そういう物をより鮮明にする為の物だ。若く美しい「女性の体」には”理想的な世界”が投影されている物で、「それが現実にある」と言う事は希望に繋がる。”それ”を見る事がお客にとって心理的労苦の軽減に成る。頑張れば未来は有る!と言う様な物が、美女のそれには見出される訳だ。それを余す所無く見せねばAVには価値がない。もっとも実際問題「若く美しい女性の容姿」で有れば別にアニメでもマンガでも良いのだが、マンガやアニメを作る人々が”その全て”を表現できる訳じゃない(被写体の女性のプライバシーの侵害にも繋がる)。自らのプライバシー的な物を”全て”晒す事の出来る女性らの存在は貴重で、それ故にAVには需要が発生するとは言える。
しかし、ただ美女の裸や艶姿エロティックな行為だけじゃ面白くないのも事実で、脚本は相応に重要。「女性がヌードに成りエロティックな事をしている光景」だけで物語を構成する事は非常に難しく、”それ”を乗り越える所にまず第一の価値が有る訳で、今はそういうのが求められる。AVと言う作品の性質上、あまり余り大っぴらに売れても困る物なので、あえてストリードでの連携、と言う事は考えない方が良いかも知れない。
基本的には物語の構成と同じで、脚本には以下の形式が必要。
説明、行動、事件、解決(いわゆる起承転結)で構成し、テーマを持たせ矛盾を廃して”良い介入(結果)”に成るように物語を作る。後はオチを設定し作者名を署名、タイトルを付ける。
タイトル「女子高生陵辱」作:age虫
説明 3人の女子高生が悪漢に捕まる。縛られたまま強姦!
行動 そのまま悪漢が増えて、輪姦状態。だんだん前後不覚に。
事件 女性ら、果てしなく続く輪姦にやがて快楽の虜になり、自分から求めだして。
解決 その悪漢らに捕まったまま、女性らは彼らの性欲処理の奴隷として飼われる。
オチ 私達エッチな事大好きですぅ、とか女性らが嬉しそうに悪漢のそれを舐める。
表テーマ「主人公達を助けない」肯定否定、裏テーマ「これは夢だ」否定肯定。
テーマはラフプロットが出た後「後付け」で構わない。上の話なら、表テーマは「主人公達を助けない」肯定否定、裏テーマには「これは夢だ」否定肯定、と言う感じに成る。裏テーマが「これは夢だ」ので、何処まで矛盾点が指摘されようと許容される。
正直この表裏テーマをAVでは「基本」としてしまっても良いかもしれない(肯定か否定か?は逆でも良さそう)。主人公(AV女優)らがどんどんエロティックな目に逢っていく訳だが”有り得ない”感じに演出する方が良い訳だ。
テーマに関しては微妙にややこしいのだが、例えば「主人公を助ける」肯定否定、と言うと、前半は主人公は敵を圧倒するが後半には強敵によりピンチに陥る、と言う形に成る。その「肯定否定」と言う部分で表と裏が有り、どっちが表か?は作者の認識によるが、ともかく表と裏、肯定否定、否定肯定で”二つ重ねる”事になる。「事実」が表で、「理由」が裏、と考えると少し通るかもしれない。
この「女子高生陵辱」だと、裏テーマが「これは夢だ」ので、演出としては女性らが捕まった理由が非常に馬鹿らしいとか有り得ないとかを、より明確に出した方が良い評価に成るだろう。ともかく上の話の場合、裏テーマにより「そういう事は無い(と言う夢を見た、現実には無い)」と言う事に成るので「良い結果」と判断される(と思う)。
ちなみにどうも、物語の理屈から言って上の場合「それ(物語の状況)が実際に有っては困る」ので。制作状況が”それ”に成っていたら「現存する」訳で矛盾が生じ”駄目”になる、その辺は留意が必要だろう。
例:タイトル「新婚夫婦の秘め事」作:age虫
説明 主人公の女性が新婚の夫からSMっぽいSEXを要求され、嬉しそうに答える。
行動 だんだんハードに成ってきて。しかし夫から強く言われると断れず、どんどん。
事件 やがて縛ってろうそく持ち出して垂らすんで、流石に泣き叫び、夫の人止めて。
解決 その辺で夫謝り、もういやですとか妻は言うが夫襲い、何だか嬉しそうにエチ。
オチ 朝方、台所に行くと妻が裸エプロンで料理を作っていて。後ろから弄り虐める。
表テーマ「主人公達を助ける」否定肯定、裏テーマ「女性はエッチ好き」肯定否定。
これを、例えば「実際に夫婦関係に有る男優と女優」でエロティックに撮影しても問題は出ない(女性が同意する場合、だが)。が、別に恋人でも何でもない相手とやらせようとすると問題が生じる。上の「女子高生陵辱」はスタッフから何から”女性らのみ”で撮影する必要は有るが、下の「新婚夫婦の秘め事」は条件さえ満たせば(お互い夫婦であるなど)男優と女優で撮影しても良い、訳だ。ただ?「これでは秘め事では無くなる」とは言うので、”これ”もやっぱり駄目かも知れない。
殆どのAVと言うと上の「主人公を助けない」肯定否定「これは無い」否定肯定、女性らが目も当てられない状況に陥る、だんだん慣れて苦痛じゃ無くなる、には成るんでAVとは基本として「女性らのみで撮影する」物だ、それが正しい、とは言う。
end