■ユイと言う名の女神

 碇ユイという女性はとても重要なのだが、あまり詳しく語られることは少なかったと思う。おそらく情報が極めて少ないことが問題なのだろうが、彼女を語らずしてEVAの謎は語れない。彼女が何を考えて初号機の魂になったのか,「その子には明るい未来を見せておきたいんです」という台詞は、何を意味しているのか。まずはそこを考えてみたい。

 碇ユイの目的というか願いだが,やはりそれは「人類に明るい未来を」という所につきるといって、多分間違いは無いだろう。ゼーレに入ったのもそこが、未来を追求する組織だとその時は思ったからだ。最初彼女はゼーレの存在など知らなかったと思うが、やがて「勧誘」され、組織に加わり実験などにも参加するようになる。そして深く関わるうちに、もしかしたらゼーレとは微妙に方向性が変わり始めたのかも知れない。

 碇ユイが何故ゼーレに勧誘されたかだが、おそらくそれは「アダムに近い遺伝子を持つ人物」だったからだと思う。つまり彼女はゼーレにとって「巫女」ともいえる存在だった。彼女の遺伝子に対してのみ、初めてアダムは反応を起こした。・・・もしかしたら、ユイの精神(あるいは遺伝子)は「リリス」に似ているのかも知れない。だとしたらユイの遺伝子にアダムが心を動かされて反応を起こしてもおかしくはない。また「水槽の中のレイ達」がユイのクローンであり、また綾波レイのパーツだった事も別の意味でそれを裏付けている。勘違いしている方も多いが、綾波レイの中にいるのは「アダム」なのだ(これは、制作者達のインタビューなどからも明らかである)。もしアダムが内心リリスの元に帰りたかったとしたら、それに似ている存在だったユイのクローン体に定着しても,何ら不思議はないと思う。

 アダムは「セカンドインパクト」の時に,卵にまで還元されたというが、それは何になったかと言えば、ようは女性の卵子のような状態に戻ったと言うことだと思う。魂の定着作業の事を劇中では「サルベージ」と呼んでいるが、おそらくセカンドインパクトの後すぐに、南極であらゆる物を魂の定着媒体にしたアダムのサルベージが行われたのだ。女性の卵子がまず使用され(おそらくこれがシンジのクラスメート達だ。あれは日本だけの描写だが、外国にもああ言う学校があったのだろう。アスカが良い例だ)。ついでアダムの巫女である「碇ユイ」の細胞が使われた。結局「アダム」の魂が定着したのは碇ユイの細胞だけで、それが「綾波レイ」として生まれた(レイには母親は居ないだろう。彼女はフラスコの中で生まれたのだ)。アダムの精神は定着しなかった物の、人間の卵子を使ったサルベージではその卵子は極めてアダムの卵子に近い物に変質し,また受精率も極めて高くなった(考えて見ればアダムは生命の樹を持った存在だ。その存在との接触によって生命活動が盛んになっても別におかしくはない)。それを提供者の女性に戻し,無事に出産が起こる。子供が生まれなくなっているという近未来の事だ。「生まれやすい卵子を作る」と言われれば,提供する夫婦は多いだろう(この時もちろん、碇ユイも参加しているはずである)。

 多分その後、副作用に近いことが起こって(おそらく精神的に)母親が短命になってしまうような事実は、おうおうにして隠蔽されたのだろうが・・・。

 この時多分、アダムの体の方も再生計画が始まっていたのだろう。保持されていた第2使徒「エヴァ」の体を参考にして,アダムの体になる零号機がいくつも作られた。そして、第2使徒「エヴァ」それ自体も,人の手によって初号機として作り替えられていく。初号機と零号機は,ほぼ並行して建造されていたのだ。零号機は「素体」の再現を、初号機は「外装」の装着を中心にして作られていたと思われる(初号機の外装が著しく他と異なるのも、その辺りが原因だろう。見るからに無駄なパーツが多い)。

 そして零号機のボディ,そして初号機の外装がほぼ再現されるようになると、今度はコントロール方法が問題になってくる。とにかく動かないのだ。あらゆる試みが続けられていたが、おそらくこのころはもう、「ゼーレ」の中で碇ユイの存在は,それ程重要では無くなっていたと思われる。「私はその為に,ゼーレに居るのですから」という台詞には、居るのは自分の意志であるというニュアンスがある。つまり辞めようと思えば辞められたわけだ。アダムはサルベージ出来たし、綾波レイも「パーツ」は用意されていた。「巫女」としての役目は、もう終わっていたと思われる。

 ただそれでも,優秀な研究者であった碇ユイは、独自にEVAの調査を進めていたのだろう。そうして「どうやれば,EVAが動くのか」についても、独自の結論をすでに持っていたのだ。零号機も初号機も動かないのは,つまり「魂」が無いからだ。それを与えるにはどうするか? 「ある物から」定着させるしかない。だがそれに気づいたとしても、彼女の性格から言って「じゃあ他人を用いて」という風にはなるまい。だからこそシンジを実験に立ち会わせたのだ。その日がシンジと居られる,最後の日なのだから。

 初号機とのシンクロによって取り込まれてしまったユイのおかげで、初号機は起動、コントロールが可能になった。EVAを動かす為に必要な「魂の定着」も,この時テクノロジーとして確立した。そして誰がEVAを操縦できるかも判明した。女性は子供を産める。それはつまり「魂」を分ける事が出来るという事だ。子供と母親の間に限っては、「魂のシンクロ率」(意志ではない。念のため)は極めて高いのだろう。アスカが復活したとき、「ママが私を見てくれている」と言うが、あれがそうだと思う。アスカは自分が,母親の半身である事を理解したのだ。「アンビリカルケーブルが無くたって」という台詞が象徴的である。アスカの心は初めて、「臍の緒を失っても」母親の外で生きていられるようになったのだ。

 さてこの「消失事件」の後、ゲンドウはユイの遺書などを見たのだろう。それでユイの意志を知り、ゼーレとは違う未来を目指すようになる(冬月にもゲンドウは後で見せただろう)。しかしユイは、シンジの未来を守ろうとして自らを犠牲にしたのだ。ユイを失った辛さはゲンドウにとっても耐え難かった。結婚したとき、ゲンドウは子供は欲しくなかっただろうがユイは欲しがった。そしてその結果,シンジを守るためにユイは死んだ。最愛のユイを失ったとき、ゲンドウにとってシンジがどう見えていただろうか。「こんな事ならおまえなどいらなかった」とシンジに言い放ったとしても、何ら不思議ではない。シンジはそれで親の元に居ることを拒絶する。そしてゲンドウはシンジを、「先生」と呼ばれる人の元に預けたのだ。きっと(ゼーレ関係で)母を亡くした子供を預かる,孤児院のような物だったのだろう。

 シンジが「やっぱり僕は、いらない人間なんだ」と呟くのも、その辺ではないかと思う。幼少期の,母を失った際の記憶は無意識のうちに封印され、ただ「辛いことから逃げた」という意識だけが残った。それを否定したい思いが、あの「逃げちゃ駄目だ!」に繋がるのではないだろうか。

 EVA初号機は時折暴走したが、それは全てシンジを守るためだったと言える。碇ユイという女性は劇中,「母性」の象徴として描かれていたと思うが、結局「母親」というのは,子を守るためには幾らでも残酷になれる・・・そう言う意味なのかも知れない。