■使徒と言うもの。

 使徒とはいったい、なんだったのか。地球上のあらゆる生命体にどこか似ていながらも決定的に違うものを持つ、人類最大の敵。何故に攻めてくるのか。何故一度に一体づつしか来ないのか。何故第3新東京市を目指してやってくるのか。だがこの問いに付いては、ほぼ劇中でも、もう答えが出ていると言ってしまって良いだろう。

 EVAの謎を読み解こうと試みる人にとって、「ファースト・インパクト」(ジャイアントインパクトとも言われるらしい)の存在は既に「常識」であろうとは思う。作品世界の中で、ほぼ40億年前、恐らくまだ地球になんの生命も居なかったほどの、それどころか地表すら固まっていなかったであろう原始の地球に起こった「小惑星」の衝突事件。ぶよぶよの、溶岩の固まりのような地球はそのショックで揺らぎ、そして地球から一部の質量が離れると言う事態が起こった。それが「月」として固まり、地球の衛星になって現在に至るのである。

 劇中で起こったというあの大爆発の事を「セカンドインパクト」と呼んでいることから、40億年前の「ファーストインパクト」と「セカンドインパクト」には何らかの関係性があると見ていい。大質量隕石の落下で有れば、恐竜が絶滅した原因もそれであるのはほぼ確実らしいし、もしこのクラスの大災害をそろって「インパクト」と呼ぶのなら、少なくとも南極の事件はファイブかシックスか、その位の番号にはなっているはずだ。多分「使徒」か、それに類する生命体に関わる大変化を、劇中では「インパクト」の名で呼んでいるのである。

 だとすれば、「ファーストインパクト」とはなんだったのか。

 結論から先に言ってしまえば、「生命の源が落ちてきた日」という事になるのだろう。映画の劇中でゼーレが「リリスの卵。黒き月」と言っていた、ネルフ施設、ジオフロントの地下空洞全て。恐らくその「巨大な黒い球体」が原始の地球に落ちてきた、その日のことを指しているのだろうと思う(南極にも同じ物があったわけだが、これについては後述)。

 その黒き月の正体がなんだったのか今では知る由もないことだが、外宇宙からやってきた、植物の胞子のようなものだったのかも知れない。それが、まだ生まれたばかりの地球のエネルギーを吸収して孵化し、そして始まりの存在「リリス」が生まれた(これが実は大切で、アダムが始めての存在ではないのだ)。リリスは完璧だった。永遠の命と知恵,そして万能の能力を持った、このころのリリス(ファースト・リリスとでも言うのか)は多分「神」そのものだった(もっとも”リリスを生んだ”存在と言うのもあるわけで、さらなる上位の存在が外宇宙にはいると言うことかも知れない)。そして地球上で意識を取り戻したリリスは,その自分以外にだれもいない世界で生きることを余儀なくされた・・・もしくは望んだ。彼女自身、自分が生まれた所から「逃げた」存在なのかも知れない。何か罪を犯したのか、それとも辛いことを目の当たりにしたのか。

ただ、映画の中でリリスが「ヒト! 人間です!」と一瞬呼ばれる事から、おそらくその精神も人とそれ程大差無い物だと思われる。要は自分が自分であることが解り、自分と隣の石が別物であることが解るという事だ。それが何を生み出すかと言えば・・・そう、「寂しさ」という奴である。たった一人の「寂しさ」という奴は、多分リリスにとっても埋められない「何か」だったに違いない(劇中でも、カヲル君が最後に言っている。ヒトは寂しさをなくすことは出来ない,と)。全てを持っていながら、何も持っていないような感覚。そして辺りを見回しても、そこは自分しかいない世界。地球をいじり、大陸を作る作業に没頭し、そこに植物を生やし山を築いて世界を作っても、どうしても埋まらないそれに苦しみながら、「彼女」はある時気が付いたのかも知れない。

−自分に似せて、自分と話が出来る存在を作ろう。そうすればきっと、寂しくなんか無い−

そうして多分、彼女は第1使徒「アダム」を創造したのである。

 知恵の実も生命の樹も、元は「リリス」の中に有った魂の一部なのだろう。恐らく彼女は、「アダム」を創造する前に、何体かの失敗をしているのかも知れない。自らの意志を持つためには「魂」を持つ必要がある(魂を持たないと言う「水槽の中のレイ」を思い出してもらいたい)。リリスは迷った末に、もしかしたらその「人形」に埋め込んだのではないだろうか。自らの魂の一部である「生命の樹」を。それでリリスは命を生み出す力を失った。しかしそれは、アダムから種として受け取れば良いことだ・・・。

 そうして生まれた初めての「使徒」、最初の人間「アダム」を見つめて、おそらくリリスは喜んだと思う。多分「好き」という感覚をその時初めて知ったのだ。自分が生み出したにしても、彼は自分とは別の存在なのである。自分とは違うものを持ち、違う考え方をし、しかし意志の疎通が出来る存在がそこにいる。頭は自分より悪いかも知れないが、それは育てて行けばいい。しばらくは幸せな時が過ぎていったのだろう。リリスはアダムを求め(この辺については映画の中での、加持とミサトの情事を思い出してもらえば良いと思う。その時のリリスの心は、多分ミサトと似ているだろうから)、アダムは最初、それに従順に答えた(子供が出来ることを知らなければ,それはとても気持ちいいことなのだから)。そして彼と彼女との間に子供が産まれる。世に溢れる魚や動物、そして、やがて人類の雛形であるリリンが・・・。

 アダムはもしかしたら、この辺りでリリスに嫌悪感を覚え始めたのかも知れない。リリスとの間に生まれる存在は、全てあまりにも小さくて臆病者のくせに「戦い、競い合う」存在ばかりだ。自らが生き残るために他を捕食するように。最初の「生命」はあまりにも単純すぎて自分と同格には思えなかったかも知れないが、次第にそれらは「進化」し、感情を発露するような高度な存在になっていく(生命の「進化」は多分、リリスやアダムの存在がなければ始まらないのだ)。リリスはそう言う小さい存在達を時に悲しそうに見ているのに手を出そうとはせず、その上ますますアダムと交じり、そう言う存在を「進化」させようとする。リリスにとっては自分と同格の存在が、もっと欲しかったのだろう。だからこそ、自分がそうだったように「己の意志で何かを作り、己の意志で何かを学び、己の意志で成長し、そして生きる」事を子供にも求めたのだ。だがアダムはそれを受け入れられなかった。小さな存在が殺し合い、憎しみあう様は、見ていて辛い。何故リリスはもっと最初から、彼らに力を与えないのか,争いを余儀なくさせるのか。もしかして、彼女はこのような残酷なものを見るのが楽しいのではないだろうか? 彼女はもしかしたら、良くない女性なのかも知れない‥‥。

 もともと「アダム」は全てがそろった楽園の中に生まれたのだから、天地創造の辛さをまだ知らない。いつしかアダムはリリスと交わる事を拒絶し、楽園を出てしまう。彼は南極に行き、生命の樹の力を使ってそこにリリスの殻と同じ楽園を作った(これが南極の空洞後)。そうしてまた、彼は「子供の出来ないリリス」,つまり第2使徒「エヴァ(あるいはイブ)」を創造した(初号機が「リリスの分身」と呼ばれるのはこの辺の理由ではないだろうか。アダムはリリスを作ったつもりだったのだ)。リリスはこのことを知って、ひょっとして絶望したのかも知れない。彼が必要だったのは、快楽を与えてくれる私の体だけだったのか? 彼は(それはそのまま自分が)そんなにも情けない存在だったのか?(この辺はとても人間的だが、EVAの中で感情が一つのキーワードになっている限り、この流れもいいと思う)

 リリスはアダムに「捨てられた」辛さもあって、意識を閉ざして眠りについた(無意味ではあるが、死んだと言っても良い)。彼女は自らの子供であるリリンの呼びかけにも、もう答えなくなっていた。リリスが「死んだ」事で楽園は終わりを迎え、リリン達もその楽園を出ていかざるを得なくなった。生命が地球の野に放たれたのは、この辺りだろう。

 そうしてアダムは一人になった。その時アダムは始めて感じる感情にとまどいを覚えていた。周りは全て満たされているのに、埋まらない何かが心の中に存在する。「寂しさ」に耐えられないアダムは楽園の中で「エヴァ」との情事にふけるのだが、もちろん満たされるはずもない(最高の女性と最高の人形と、どっちがいい?)。やがてリリスとしたように,エヴァとの間で楽園に相応しい存在「使徒」を幾つか生み出してみるが,しかしこの時のエヴァはあくまで「リリスの形をした人形」に過ぎないのだ。そんなものから生まれる物は出来の悪い自分のコピーでしかない。求める物はそれでない事はすぐに解る。しかしリリスとの間に生まれたリリン達は,自分とリリスとの間で起こした「過ち」を繰りかえし続け,そして増え続ける。アダムは時折「使徒」を用いて介入していたかも知れない。「リリス」の事を聞かれたときは「彼女は淫蕩な性格で楽園にふさわしくないから追い出した」と言い,「そのリリスから生まれたおまえ達は罪深い存在だから悔い改めろ。そうしたら楽園に入れてやる」と。だがリリンは争うことを止めなかった。アダムは思った。

 ・・・あれは嫌だ。だが自分の作った使徒達はもっと嫌だ。そんな物を生み出した自分が一番嫌だ。

 彼もまた、答えの見つからない自分に絶望していく。そして彼はとうとう,「使徒」達をも自分の楽園より追い払ってしまう。「今は楽園より去れ。そして時が来たとき、順番にアダムの元に赴け。そしてリリンを退け,最初に私の元にこれた使徒に全てを与えよう。他の生命を全て,リリンも全て滅ぼして」。そう告げた後、アダムもリリスと同じく心を閉ざして眠りについた。この時使ったのがおそらくロンギヌスの槍であり・・・、多分その役目を持っていたのは第2使徒であるエヴァだろう。「彼女」はまずアダムを「言いつけ通りに」殺し(要はアダムは自殺したのだ),ついで他の使徒を全て槍を用いて殺した(と言うか、活動を停止させた)。彼らの躯(か、小さな卵か)を楽園の外に持っていき、ばらまいた。最後に(多分死海で)自分を貫いて、彼女もやはり眠りについた。最後の地に、巨大な槍に貫かれたエヴァの体だけが墓標のように残った(映画のラストを想像して貰えるとありがたい)。この時のエヴァは意志を持たないアダムの人形でしかない。このくらい出来る(綾波とアスカのエレベーターでの対話がなかなか興味深い)。

 「ロンギヌスの槍」は,あらゆる物を貫く力と共に、生命の実の力を(つまり生死を)コントロール出来る力があるのだろう。卵に戻すことも、滅ぼすことも,また再生させる事も出来る。「ファーストリリスが」アダムを作ろうとしたときに、失敗作を消すために「知恵の実」の力で生み出したのだ。それをアダムはリリスから渡された。最初アダムはリリスの楽園を出るために「自分も何かを作りたい、その為に一人になりたい」そう希望した(それは嘘なのだが)。信じたリリスは方法を教え、槍も渡しておいた。まさかそれで、自分のコピーを作るとは夢にも思わなかっただろうが・・・。

 アダムが「死ぬとき」,その意志は使徒だけでなく,おそらくリリンの一部にも伝わっていたはずだ(槍とエヴァの発見により、解ったのかも知れない)。それが「裏死海文書」として記述され、リリンの,人類の中に「ゼーレ」という組織が生まれ,その審判の日に備えるようになった。リリスは既に何も語らず、自らを律するすべを持てない人類は死海文書の記述をおそれ、アダムの発見に全力を注ぐようになった。やがて人類はその生活圏を広げてゆき、南極に到達する。審判の日を迎える直前に、彼らは見つけたのだ。アダムという存在を南極で(もちろん解っていたのは一部の人間達だけだ。科学者などの人々は、永遠のエネルギーを持った生命体が過去に存在していたという認識しかなかっただろう。そしてそれを手に入れようとした)。その頃「ゼーレ」は槍と、そして第2使徒「エヴァ」の躯,更に「裏死海文書」を保持していた。このころはまだ世界の実権を握る程の存在でなかった彼らは「裏死海文書」の記述に従い、科学者達に槍やエヴァのサンプル(まあ肉片の一部みたいな物だっただろうが)を提供した。科学者達はおそらくアダムを再び稼働させようとしたのだろう。その為に必要だったのが「槍」と,エヴァの遺伝子だった。そしてその結果、セカンドインパクトが引き起こされた・・・。

 この時ゼーレが提供した「槍」だが、おそらくこれは映画で量産機達が使っていた「コピー」だったと思う(南極から船で回収されているときも、外見上は一本槍だった)。多分ATフィールドを貫く兵器としての力こそあれ、本物が持つような「生命の実のコントロール」までは出来ない物だったのだ。ゼーレは下手な調査がセカンドインパクトを引き起こすことは知っていたが、このままではアダムは覚醒してしまう。そしてその覚醒が他の使徒の覚醒を促し、人類の未来は途絶えてしまうと解っていた。だからこそ「偽物の槍」と「エヴァの遺伝子」を使って擬似的な「インパクト」を引き起こし、審判の時間を遅らせようとしたのである。

 この「セカンドインパクト」の結果、国連の上層部は「ゼーレ」に弱みを握られてしまう事になったのだ。密かに調査を許可した事実と,甚大な被害を世界に与えてしまった責任。それはあまりにも重く、とても公表できる物ではない。また裏死海文書には他の使徒の名前も天使の名で書かれていること」「他の使徒がアダムと出会えば罪深い人間は一層されてしまうことの事実を突きつけられ、やがて国連は(または世界は)「ゼーレ」の言いなりになっていく事になり、それが「ネルフ」などの超法規的組織,そして第3新東京市などの成立を促した。少なくとも名目上は「人類の命運をかけた」組織である。多少の無理は通るはずだ。

 第2使徒「エヴァ」の体はこの後ネルフ(ゲヒルンか?)によって調査、研究が行われ、対使徒用の兵器として「初号機」に作り替えられる映画で弐号機がバラバラにされたときも,TVで参号機が壊された時も、「コア」の存在はなかった。そのことからも初号機のみが、アダムのコピーでは無かったことが推測できる。零号機には,もしかしたらアダムの壊れたコアがついていたかも知れない

 使徒という存在が何故に天使の名を冠しているか、何故に一体づつやってくるのか、だいたいこんな所なのではないだろうかと思う。だから使徒達には人類のように「生き残ろう」などという意志はなく、ただアダムの言いつけに従っているにすぎないのだ。第17使徒「ダブリス」、渚カヲルが呟いていた台詞がある。「EVA、リリンにとって忌むべき存在。それを利用してまで生き残ろうとする。僕には分からないよ」。彼らにしてみれば、生き残る事は問題ではない。「アダムの言いつけを守る(運命に従う)」ことの方が重要なのだ。人類との、それが決定的な違いなのだろう。

 人類は18番目の使徒だとミサトは言っていたが、それは恐らく「18番目にアダムとの謁見を許された使徒」という意味だ。他の使徒を全て退けた時、アダムの力は人類の物になる。人類=リリンだけが他の使徒とは違う。リリンだけがアダムからではなく、アダムとリリスの間に生まれた存在なのである。再度劇中の言葉を述べよう。

「いや、違う! ヒト,人間です!」

 アダムとリリスの融合体(ファースト・リリスに近い物)をさして、日向が言っていた台詞だ。それが全てを物語っていると言えるだろう。