「チャラチャラゲレンデでネエちゃんのケツでも眺めながらスキーでもしたいなあ」
これが当初の脳愚痴の要望であった。
しかーしだ!そんな軟派極まりないお願いを素直に聞き入れる俺様ではない。
仮にもエセエクストリーマーを気取る俺としては男のマロンと生き様をかける舞台として長野市の最高峰であり
象徴でもあり、かの登山家“大介100名山”でもある
飯綱山(1917m)の厳冬期登半と山頂直下からの豪快山スキーのプランをうちたてたのであった。
そして、1998年、1月2日、早朝。
しばらく前に南米の秘境パタゴニアでキャメルトロフィーの日本代表選手として出場してきた池町佳生と岐阜の
殿様「脳愚痴」の2名は、正月早々に営業車マツダカペラワゴンにてリアリズムの宿(俺の家)に乗りつけたのであった。
山スキー板とはスキー板の裏側にパイルと呼ばれる逆立った毛並みのシールを装着し、更に靴のかかと部がフリー
になるビンディングを装着すると、なんとスキー板を履いたまま斜面をペタペタ登る事ができる魔法の板になるのだ。
更にはシールを外し、ビンディングのかかと部を固定するとアルペンスキー板に変身し、下りも楽チンという優れもの
に早変りするのである。
しかしだ!むかーしにゲレンデスキーしかやったことの無い脳愚痴が山スキーなんぞ持ってるわけが無く、事前の
「隊長、正月は何持っていったらいいんやろ?」の質問に対して
「スノーシューは買っておきなさい。あとは冬山を登山する服装とスキー道具一式」
となんのプランも無いくせに無責任に答えたのであった。
そして当日の出発前の装備品チェックにて、
「やっぱ今日はスノーシューはいらねえ、置いてけ。登山靴もいらねえ、スキーブーツで充分」
とまたまたなんの根拠も無く、その場の思いつきにより指示を出すのであった。
そしてせっかく3万円近くも出資して購入した奴のスノーシューはカペラに置き去りとなり、10年も前にはやったような
ワンピース地味目スキーウエアを着込み、頭には田舎のバアさんが愛用してそうな毛糸の帽子をかぶり、親父の黒
長靴のようなスキーブーツを履いたイカサマゲレンデハンター脳愚痴と関西の負けず嫌いを乗せて飯綱山のふもとの
リゾートスキー場へと向かうのであった。
「ピステンで整備されたゲレンデで遊ぶなんざ、女子供のやることよ!けっ!」
俺達3人、命知らずの冒険野郎は、ボーダーが溢れるチャラチャラリゾートスキー場にはあまりに場違いな装いでリフトを
乗り継ぎゲレンデへと最上部にたどり着いた。
ここからまずは飯綱山と尾根続きになっている霊仙寺山(1875m)のピークを目指すのである。
無計画でいきあたりばったりな奴と思われがちな俺だが、実は昨日のうちにこのルートを事前調査していたのである。
1999年元旦。11時15分に家を出発。霊仙寺山ピーク到達14時30分。休む間もなくスキーで下山。
15時30分、家に到着。というアルパインスタイルでの速攻調査であった。
取りあえず霊仙寺山を落とすのは楽勝と読んだ。飯綱山までの尾根に高度差はほとんどない。
そして、この読みの甘さが我々を地獄に導いたのであった。
とりつきは樹林帯の中のクィーーーーン!!という胸突き八兆の登りである。
当然スキーはザックに縛り付けてのかつぎである。
昨日は店主を筆頭としたpower sports sick御一行様も恒例元旦山スキー&ボードで登山しているので足跡が明確で
ツボ足でいける。
キャメルトロフィー日本代表の男はタフである。

こんな坂屁でもねえ風にスキー板を担ぎザクザクと標高をかせいでいく。
脳愚痴の口も潤滑スプレーを吹き付けたかのごとくすべらかで、あの喉仏の奥から響き渡るような笑い声が軽快に山に
こだます。1時間ほどあるくと山の中腹にあるアンテナ塔にたどり着いた。

まずまずのペースである。疲れもあまり感じ無い。ここから先は低木が雪の間から顔をのぞかせる開けた斜面となる。
しかし斜度は相変わらずきつくスイッチバックの繰返しとなる。
ここからの状況が実は昨日と大きく違っていた。
まずpower sports sick御一行様のツボ足跡が一晩のうちに、ものの見事に消されている。
開けているだけに、風雪が夜中渦巻いていたのだろう。踏み跡でズタズタにされた斜面は未通女の如く真っ白な無垢に
覆われてしまっていた。
ここでシール付きの山スキーがあれば雪に埋まる事無く、クライミングサポートを使いガツガツと標高をかせげただろう。
現に昨日はわざわざツボ足跡を避け単身、処女雪をスイッチバックして登っていった。
山スキーはどんな深雪でも埋まる事を知らない魔法の板なのである。(雪への接地面積が広がる為、雪にかかる体重
が分散される)しかし池町も脳愚痴も魔法の板など無く、いや、持っては来たのだ。
山スキーよりもはるかに強力な武器を!まさにこんなシュチエーションの為に大金はたいて購入したスノーシューという
魔法の下駄を!
しかし、隊長指示によりガラクタ扱いされたそいつはマツダカペラワゴンのトランクの中で、今頃ふて寝しているのだった。
1500mから上部は膝から腰にかけてのラッセルが続く。トップは圧倒的に池町がとる。
「ああっ、なんてたくましい後姿!もう少しスリムだったらあげてもいい」
なんて思ってるうちに更に斜度は増し、これ以上登ってもスキーが丸出ダメ男の関西人2名には滑り降りるのが無理だ
と判断し、スキー板をデポすることにした。
くそ重いスキー板をザックからおろすと体は羽根が生えたように軽くなる。
はるか下界のゲレンデでは下々の者どもが蟻んこの様にチマチマ滑ってやがるのが見える。
ここから上部は風で雪が飛び、ラッセルの具合も大した事無い。
天上人となった野郎3人はクラストした直下をつめ、霊仙寺山ピークにたどり着いた。
…「寒いーーーーーーーーーーーーっ!」

しかーしだ!俺達がめざす高みはこんなちゃちな山じゃねえ。体力はまだ余裕がある。
その証拠に脳愚痴がまだ子供の目になってないじゃないか!!
俺達が目指すのは、あの尾根のズーっと先で雲に隠れる飯綱本峰なのだ。と指を差し、漫画に出てくる「転がりながら
体が雪だるま」みたいに樹林帯の尾根にむかって下り始めた。
しかし、下ってから気付いた。この尾根は雪が異常に深い。
林の中なので雪が風に飛ばされずバフバフのまま残っているのだ。岩や木の根が入り組んだ尾根はバリエーションに
富んでいて面白さはあるが、いかせん腰上ラッセルが続く。
そして時折、ズボッと胸まであるトラップにハマりもがく。
タフネスを誇る池町はその食いしん坊ぶりがたたり行動食を食い尽くしてしまっていた。
そういえば脳愚痴の高笑いが聞こえない。ふっと振り返ると、、、、「あっ!子供の目!」

いったいこの尾根は何キロ、いやそりゃ大げさってもんだ何百メートルか?続くのだろう?
ところで、いったい今何時?「誰か時計持ってる?」……し〜ん。
時計なんざ誰も持ってきてなかったのである。
「あっ、時計は無いけどGPSなら持ってきたぞ!GPSで時間がわかるわ!!」が、、、、
GPS…・何も写らず…・電池切れ。
「たぶん2時頃じゃねーかなあ!」と汚名挽回、起死回生の如く青沼体内時計の時刻を告げてみたが、池町および脳愚痴
の顔には「ぜってーーー、違う!!!」と書いてあった。
急速に気温が降下し始め、夕闇がヒタヒタと忍び寄る気配は子供でもつかめる。
そう、冬山の遭難認定時刻:4時が確実に目前にせまっているのだ。
しかし、誰も「引き返そう」と言い出さない。 なぜだ!?
子供の目をした脳愚痴でさえ「みなさんの判断におまかせします」とあいまいな事を言って逃げている。
が、その目はあきらかに「この目をみたらわかるやろ!なんで行こうとするんや、早よ引き返そうや!!」
と訴えかけている。しかし、絶対口には出さない。
まあ誰もがこのまま夕闇に包まれる前に山頂にたどりつけるとは思ってはいない。
3人とも負けず嫌いだからのか?いや違う。
男のパンチを見せたいからなのか?いやこれも違う。
きっかけがないのだ!
自分達が前進することを諦めるに値する何かが!!
大きな岩陰を見つめつつ池町は「いざとなったらここでビバークしよう」と考えたという。
やがてなだらかな尾根は山頂直下の急勾配へとかわった。
めざすピークはガスにまかれ、果てしない天へと続いているような錯覚を起こす。
我々は引き返すきっかけを求め、胸までのラッセルを始めた。
雪をかいても、かいても、いっこうに進まない。

「あの木まで、あのアーチ状になってる木のところまで…」
四つんばいに張り付き雪を掻き分け泳ぐが、同じところでバタバタともがいてるだけだった。
「もう、あかんからやめましょ」
と、ついに念願の御発声が池町佳生の口から飛び出た。
その発言に反対したり悪態をつく者などいるわけもなく、我々はいとも簡単にきれいさっぱりと手のひらを返したように
Uターンすることにした。
そして、このとき既に脳愚痴の目玉は子供のまま凍りつき死んだ魚の目になっていた。
苦労してラッセルしてきた分、帰りの尾根道は体力の消耗も少ない。
足跡をたどればいいのだから。
ところがひとつだけやっかいな事があった。霊仙寺山のスキーデポ地はこの尾根よりも標高が高いのである。
つまり「転がりながら雪だるま」の斜面を登り返す必要がある。
この時、脳愚痴の体力は風前のともし火となっていた。
なめっきた装備。慣れない重い型遅れの黒い長靴のようなリアエントリーブーツでの長時間の歩行はチョップで
折れそうな細い足にはあまりに重い足かせだった。
身長169cmの青沼隊長の短足歩幅に身長185cmの脳愚痴隊員の歩幅が追いつかないのだ。
この様子を目ざとく察し、さりげなく脳愚痴用に小さなステップをキザんだのは池町隊員だった。
この機転のきいた歩行術により、なんとか暗くなる前にデポ地にたどり着くことが出来た。
しかーし!「ああ、あとはスキーを履いてサクサクと下るのみだ!!」と思ったのは超甘かった!
ブリザードに晒された雪面は中身は粉雪だが、表面はパリパリにクラスト(表面凍結)してモナカの様になってる。
この雪の状態では足がとられ、へたすりゃネンザや骨折でもしかねない。
俺ですら滑ることが手厳しい。
アンテナ塔までは本来であればごちそうとなるパフパフの雪野原であるが池町と脳愚痴にとっては一度転ぶと
起き上がるには底無し沼から這い上がらんばかりの体力を必要とする白い地獄だった。
既に周囲一帯は白から灰色の闇の世界へと変わっていた。
やがて遥か眼下のリゾートスキー場にナイターの明かりが美しく燈る。
しかしそれは、その遥か天上界の樹林帯の中でスキー板を外し、ひたすら歩いて山を下ることのみに彷徨する我々
にとっては別世界の輝きでしかなかった。
今日の午前中にしゃべりながら笑いながら和気あいあいと登ったのは遠い昔の出来事だった。
今は言葉も無いままに無事に生還することだけに神経を集中させる。
そして、ようやくスキー場の最上部にたどり着いた。完全な夜であった。
この先のルートに対して我々は2つの選択ができた。
ひとつはナイター照明完備の上級スキヤー達で賑わうモーグル斜面を滑り下る事。
もうひとつは昼間ですらも人気が無く、ナイター照明も無く、まったく整備されていない新雪斜面を下ることである。
そして、10分後……。
はるか下方のゲレンデからわずかに差し込むナイターのほのかな灯だけを頼りにひと気の無い新雪斜面で
のたうちまわる我々がいた。
池町は斜滑降の鬼であった。とにかく斜めにつったぎりながら標高を下げていく。
方向転換は、なりふりかまわず回転レシーブの様にわざわざ転び、無理矢理たちなおす戦法をとった。
脳愚痴に至っては斜滑降さえできないでいる。
いや、そればかりか転んでも起き上がる力が失せていた。雪に頬をうずめ寝たまんまである。
「もう、エエ…・うへへへへ・・」投げやりに呟く奴の目はうつろで、いっちゃってる。
寒さと極限の疲労の中で、奴の耳には名古屋のファッションヘルス嬢達が囁く幻聴が聞こえているのだろう。
「立て!!」
真顔をした隊長(俺)の容赦無い言葉が凍てつく空気を切り裂く。
裸体の娘達に姿を変え、脳愚痴の体にまとわりつく氷の死神を追い払うにはこの方法しかないのである。
その後、50回は転んでは立ち上がりを繰り返し、上級者レベルであるならば、ものの3分で下る斜面を1時間以上かけ、
ようやくチャラチャラギャルズがたわむれるナイターゲレンデにたどり着いた。
髪の毛、マツゲ、鼻水、鼻毛はバリバリに凍りつき、体は芯まで冷え切り、クルマのヒーターをガンガンと焚いても
体はなかなか解凍しないのであった。
その後、山を降り街のラーメン屋で飯を食う。
アメ車なみの燃費の悪さをほこる池町はギョーザ、チャーハン、チャーシューメンと次々と掻き込むが、
脳愚痴は疲労のあまり注文したラーメンにまったく箸がつけられないでいた。
しかし一夜開けた翌日、無事生還を祝って繰り出した七味温泉混浴露天風呂で湯船から上がる女のケツをロックオン
する脳愚痴の瞳は「桃尻ハンター大人の目」にすっかり戻っているのだった。
おしまい
あとがき
さわやかな山行きが恐ろしい死の彷徨に変わってしまう事。それは何も特別な事ではない。
その時、その場に青沼隊長がにいればおのずと事はその方向へと進むのである。
ほら、既にあなたの後ろに青沼は立っている……・・。
♪チャラリラ、チャラリラ、チャラリラ、チャラリラ〜(トワイライトゾーンのテーマ)
*注)♪かきねの、かきねの、曲がりかど〜 とはけして唄わないで下さい。
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