爆弾  発見 !!

これは、平成9年8月29日長野県小諸市柏木の東小学校(北村敏幸校長)で 旧日本軍のものとみられる不発弾が発見されたときの記録です。

静かな田園のなかにある小学校に緊張の時間が走ったのは9時30分ころ 以下発見から不発弾処理までの画像と解説です。


 給食室の下水道工事の業者が不発弾のような物を発見

              


 警察がきて現場は立入禁止区域となった

 

              


 午後3時ごろ陸上自衛隊朝霞駐屯地の不発弾処理隊到着

              


 回収作業中、穴に入っているのが自衛隊員です

              


 報道陣もおおく詰めかけました

                                                                                                    

              


 回収された、砲弾、機銃弾、銃身など


小諸東小学校教務主任 由井正生教諭 撮影
                                                                                                                                        


解説

小諸市立東小学校の給食室の脇から、旧日本軍の使用したと思われる爆弾など 146発が発見されました。大きい物は、直径十二センチで、長さも五十〜六十センチ になるそうです。

早速、自衛隊の爆弾処理班の出動となるのですが、当初、松本からの出動と 思われていましたが、埼玉県の朝霞から、遠路遥々小諸まで来ていただいて、 約一時間で回収を終わりました。<爆弾には、固有番号があり、その番号により 派遣される自衛隊の駐屯地が決まるそうです。

不思議なのは、数ある爆弾の中に、US製の焼夷弾があったことでしょうか。 なぜ、US製の爆弾があるかどうかについては不明ですね。 あと、手りゅう弾は、「練習用」で、どうも偽物らしいです。 テレビでは、本物らしく言ってましたが……。 大半は、いわゆる鉄砲の弾と薬莢でしたが、爆弾のたぐいも十数本出てきたそうです。

そんなこんなで、みなさんのお話をまとめてみると次のようになります。

*大本営が松代に移るにあたって、色々な資材が信州に運び込まれたそうです。  その際に、兵隊さん達は学校や公民館などを拠点として利用していたようです。

*で、8月15日で終戦になり、米軍の捜査を逃れるために爆弾を穴に埋めて  解散しました。

*また、軍の使っていた箱(そうとう造りがよかったようです。)などを周辺の民家  の人が譲り受けたのだけれど、おまけに中の火薬なども一緒においていったので  譲り受けた人が適当な場所に掘って埋めたこともあるらしい。

*三岡の辺り「衣類をとっておく倉庫」として、横穴が掘られ、衣類や「ミシン」が  発掘されたこともあるみたいですね。

*御代田辺りは「石油類の倉庫」で、油の入ったドラム缶などがでてきているとか

*小諸の北大井から西小諸にかけては「爆弾のたぐい」が多いらしい。

だそうです。

                       執筆  小諸インターネットパーティー


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